めぐりあいズゴ

東京のリアル下町の一角、堀切菖蒲園を中心に 足立ナンバーエリアを徘徊しまくる高純度アダッチ・カツシカンブログ。

タグ:東日本大震災

東日本大震災から今日で2年と1ヶ月。

今日見た震災関連のTVニュースでは、とある地域の捜索活動は節目である先月、3月11日を区切りに一端終了、今後はご遺族の要望があった場合に実施するという話題が印象的でした。

なんだか切ないですけどね。


話は変り、先日、除染作業が実行された場所を見る機会があって、で、見てきました。


駅前


この場所は、とある駅の、駅前にある公園の一角なんですけど、綺麗に生え揃っていた芝生が刈り取られ、というか、その地表の数センチ下(10センチくらい?)まで掘り下げられて、見事にハゲてました。

画像には写っていないんですが、画像の左側方向には幼児対象の遊具があるスペースがあり、その関係での除染作業だと思うんですが、画面億の芝生部分もいずれなんらかの対策をとっていくのでは、と思われます。

除染作業といっても表層から数十センチの土を掘り下げて他の場所に移して保管、という手段が主の現状ですが、今後なんらかの劇的な改善策を見出せるまでは、そうやって地道にいくしかないですよね、福島第一原発も然り。

1日でも早く真の復興を遂げますように。
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3月11日に起きた未曾有の大震災から2ヵ月。

震災当時、被災地とカウントされた、こちら東京都足立・葛飾区での赤裸々な現状。


スーパー、コンビニの品揃えは、ほぼ震災前と同等と言っていいほどに回復。
タバコ。アルコールも銘柄にこだわらなければ不自由のない状態です。


ガソリンも、あの騒ぎは何だったんだ?と思うくらい、震災前と同じ状態、つまり給油したいタイミングでササッと給油出来る状態です。
ちなみにレギュラーのリッターは150円前後。会員価格で142円辺りが、かなり安い部類です。


私の住んでいる足立区は、東京都23区でも数少ない計画停電実施エリアという事で、個人商店から始まり大手スーパー、コンビニ、外食チェーン等、軒並み計画停電実施時と同じような節電方法(蛍光灯の間引き点灯とか取り外し、消灯等)を継続しています。なので夜にクルマで走っていても、街灯とかも点いていない状態に目が慣れてきました。

消えて思うんですけど、今までが随分と明る過ぎたんですよね、世の中。

個人的には今の状態(世で言う節電モード)をキープしていって、それが定番になってもいいと思います。


テレビの報道の機会。
嫌でも目に飛び込んできた震災直後と違い、最近は割と、自分自身で震災関連の情報を求めなければ入ってこないような感じになってきました。
さすがにNHKは継続的な報道をしていますが、民放各局はどうなんでしょう、例えば誰々が何処かの被災地に慰問、もしくはボランティアに行ったという絵図は良く出ます。

民法の放送スケジュールも震災前と同様な感じで、バラエティも通常通り。
正直なところ、自分もそれらを観て笑ったりしてます。


TVCM。
震災直後は9割超だったACのCM。今は逆に1割も切るような感じに減ってきました。
個人的にはあの、ほのぼのした「ポポポポーン」を聞くと、当時頻繁に発せられてた「テレーン、テレーン…」の緊急地震速報のメロディを思い出すので、段々と良くなってきたと感じてます。


放射性物質。
その数値、気にする人は気にするし、気にしない人は気にしないというのが個人的な印象。
ちなみに私は気にするほうだと思います。



そしていま、自分に出来る事。

いくばくかの募金と気付いた範囲での節約。
ブログを通じて思った事をこうやって発信する事。
それと、未曾有の大震災をわすれない事、勝手に過去の事としない事。

今はそれだけ。
それだけはちゃんと継続していこうと思います。

 

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各企業としての被災地支援の一環として、義援金を寄付したり、物資を送ったりの活動。そんな、社会的道義とか責任という言葉が纏わりつく企業努力。

新聞に載る活字とかWEB上での数字。

「被災地に向け衣服を〇万着送りました。」

その数字を、被災地から離れた後方支援地からしてみると、正直他の数字同様、実感の沸かない、言わばピンとこない数字なのだけれども。

そんなピンとこない状態の私の横っ面をガツンと叩き、そして、その、提供したジャージの数の分だけ、被災地で踏ん張る子供達がいる。

そんなリアルな日常を実感させてくれる、このブログ内の記事を見たりすると、近年ナイキ一辺倒だった私でも、次はアディダスもプーマも買ったろ!と思うわけで。


そんな善意の輪が届いた岩手県山田町、明朝のめざましテレビに登場するそうです。
放送時間は明朝の6時45分頃って事だから、多分「めざましサクラエイド」って今が旬のコーナーでの紹介かな。

ちなみに毎朝めざましテレビ派なので、当然の事ながら明朝も、図らずとも観れる訳です。逆に言うと、この放送時間にコレを観てないと遅刻するんですw。

明朝、訪れた事がないけど、このブログ読者の2児の父さんとの遣り取りで、かなり親近感を抱いている山田町での、綺麗に咲き誇るサクラを見届けたいと思います。

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ついに、と言うべきか、その所在地が福島第一原子力発電所事故による計画的避難区域に含まれるという事で、どこに在るかをおぼろげながら、24日の放送で公にカミングアウトしたDASH村。


計画的避難区域という事で今後の撮影が出来ない

放送出来ない理由(原発事故による退避)を明示しないといけない

明示するとその所在地がだいたいでも公にバレてしまう

公にバレたら当然、野次馬が来るけど、それでも公表した


………。


ああ、そうか。
誰も常駐してないけど、そもそもこの場所が誰もが容易に立ち入れるエリアではなくなってしまったから、放送で公にしても野次馬はゼロなんだ…。



まずは放射性物質の流出を早急に止めて、原発をどうにか人間がコントロール出来る状態に。
そうした後に汚染された地域の除染、その後の避難区域の解除、地域の復旧、そして復興…。


ただ単にDASH村の問題のみならず、その周囲のサポートをして下さった現地の人達の生活安定化なくして、DASH村の再興もありえない訳で。

足掛け10年以上もこの村に携わっていた多くの人達の心中は察して余りある物だけれども、日曜のゴールデンタイムでの放送、平均して視聴率の高い人気番組での人気コーナーでもこんな事がありえる、という紛れもない事実は残る訳で。

「福島のDASH村は放射性物質の問題で使用出来ないので、その間に全国各地で未挑戦の農作物の農業研修しておきます、いずれまた福島のDASH村に帰り、それらをフィードバック出来る日の為に」

という番組の舵取りを、個人的にはそのまま受け取っておきたいです。

そして1日でも早く、たとえ野次馬を引き連れてでもいいから、元あった場所でのDASH村再開を切に望みます。



今晩の晩酌のアテは近所のスーパーのお惣菜のマカロニサラダ。

マカサラ




正しく中濃ソースでコーティングした後、上記の事を考えながら頂いたマカサラは、ちょっとショッパかった。

 

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3月11日に起きた未曾有の大震災から1ヵ月。

奇しくも丁度1ヵ月のこの日。
誰もが忘れる事の出来ない、いわば月命日のようなこの日。
追い討ちをかけるような余震。

「もう勘弁してくれ…」

きっと誰もが思ってる事でしょうが、この私も「それ」が偽らざる本心です。


1つの節目という感じで、民放でも震災の特集を組んでいたりしましたが、それでもやっぱNHK以外では放送の機会が減ってきているような気がします。

各避難所でなるべく快適に過ごせるように頑張っている人達。 

瓦礫撤去に尽力している人達。

その瓦礫の中から思い出の品々を大事に集めてくれる人達。

視界の全く無い海中で捜索している人達。

昼夜を通してインフラ整備を急いでいる人達。

職人のプライドを懸け仮設住宅を次々と建てている人達。

各ライフラインの復旧に全力で臨んでいる人達。

放射性物質という目に見えない敵と必死で戦っている人達。

なんとか現状を良くしようと、持てる力を如何なく発揮してる人達。


そして、恩義とはこういうものだ、と改めて教えてくれた諸外国の人達。


NHKの画面でも時々しか映らなくなっても、貴方達の頑張りは忘れないから。

 

そして…

1ヵ月の避難所生活を余儀なくされている人達。

家族や友人や家や家財道具やクルマや仕事や思い出の品々や、その他大事な人や物を失った人達。


夜、床に入って寝る前に貴方達の事を考えます、その境遇を自分に置き換えて。

貴方達の嘆きや悲しみ、悔しさや怒り、そして喪失感。

その全てを共有する事は出来ないけど、その手助けを何かしらの方法でしたいと思っている人達が沢山います。

そして報道される機会が減っても、未だ東日本大震災は続いているという現実を注視し続けている人達も沢山います。


忘れません。
たとえインフラ整備や各市町村の復興が進み、町並みが元通りに近いような状態になったとしても。

数多くの、志半ばで亡くなった人達の命の重さを伝えていく事、そして、地震と津波の怖さをくり返し伝えていく事。

最低限、自分の子供達にはきっちり伝えていきたいと思います。

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